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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和44年(ワ)260号 判決 1972年11月14日

原告 松山安雄

右訴訟代理人弁護士 山田一夫

被告 株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役 横田郁

右訴訟代理人弁護士 米田実

右同 小沢礼次

主文

被告は、原告に対し金四五五、〇三〇円およびこれに対する昭和四二年六月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  主文第一、二項同旨

2  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  原告は、砕石業を営むものであるが、その従業員訴外吉崎実は、昭和四〇年二月二四日被告との間で次の内容の積立定期預金契約を締結した。

1  名称   勧銀ファミリー積立

2  通帳番号 一〇〇四〇五号

3  期間   二ヵ年

4  預入期限 昭和四一年一一月二四日

5  満期日  昭和四二年二月二四日

6  特約

(1) 満期日の前には引出しはできない。

(2) 被告は、いかなる事情があっても原告の指示がなければ、本通帳、印鑑を持参した者にも払出しはしない。

二  被告は、昭和四一年九月八日、訴外坂本昌義が本件預金通帳および届出印鑑を持参して解約払戻を申入れたことを受入れ、右特約(1)(2)に反し、原告に何の連絡をしないで右預金契約の合意解約をなし、右訴外坂本に対し、預り金四四九、六九三円、利息金五、九二九円の合計から税金五九二円を差引いた金四五五、〇三〇円を払戻した。

三  原告は、訴外吉崎の給料から積立金を差引いて右預金をさせていたので、預金分を訴外吉崎に返還すべき義務があり、昭和四二年六月一〇日右元利合計金四五五、〇三〇円を訴外吉崎に支払い、同額の損害を蒙った。

四  ところで右特約付契約締結およびその解約・払戻は、いずれも被告の尼崎支店従業員が被告の業務執行に付てなしたものであり、右従業員が、前記特約に反し訴外坂本に払戻したことは故意または過失によるものというべく、これによって蒙った原告の右損害に対しては、被告は右従業員の使用者として民法第七一五条によりその賠償の責に任ずべきものである。

よって原告は、被告に対し金四五五、〇三〇円およびこれに対する損害発生の日の翌日である昭和四二年六月一一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する認否

一  請求原因第一項のうち、被告と訴外吉崎実との間で原告が主張する名称、通帳番号、期間、預入期限、満期日の積立定期預金契約がなされ、満期日の前に引出しできない旨の特約があることを認め、その余の特約をしたこと否認し、その余の事実不知

二  同第二項のうち、特約に反したとの点否認し、その余を認める。

三  同第三項不知

四  同第四項のうち、故意または過失によるとの点否認

被告が本件預金の解約払戻をなしたのは、過去一〇数回にわたって常に本件預金通帳を持参して預入に来店していた訴外坂本が、昭和四一年九月八日来店し、預金通帳と印鑑を提出のうえ解約の申入れをなしたので、右印鑑と届出印鑑とを照合し同一印鑑であることを確認して払戻をしたのであるから、被告としては注意義務を尽している。

第四抗弁

仮に本件の払戻が、形式上、満期日の前には引出しができないとの特約に反するとしても、この特約は被告の利益のためであるから、被告は銀行の慣習として、預金者の申出によって、被告側においてその利益を放棄し満期前に払戻しても、実質上何ら右特約に反したことにならず、被告は特約違反による責任を負わない。

第五証拠≪省略≫

理由

一  請求原因第一項のうち、訴外吉崎と被告との間で1ないし6(1)の内容の積立定期預金契約を締結したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右契約締結日は昭和四〇年二月二四日であることが認められる。

ところで、原告の指示がなければ払戻をしえない旨の特約の有無について判断する。

≪証拠省略≫によれば、原告は池田砕石工業なる会社を経営し、訴外吉崎はその従業員であったこと、原告は、訴外吉崎が持金の殆どを飲酒にあてるので、同人の結婚資金を準備するため訴外吉崎の同意を得て、従来から給料の一部を天引して訴外三和銀行に吉崎名義の定期預金をしていたこと、原告は被告との間で数千万円の取引があり、被告尼崎支店従業員訴外疋田忠臣がいわゆる外廻りとして前記池田砕石工業に預金の勧誘にきた際、原告は、前記三和銀行の定期預金を解約し、新に被告と取引させる考えで、訴外疋田に対し訴外吉崎名義で三和銀行に前記方法、目的で預金していることを話し、本件契約においても訴外吉崎の同意を得て、原告から申出がない限り解約、払戻をしないように申入れたところ、訴外疋田は、預金を凍結してもらえば被告としても有難い旨答えて、原告の右申入れを認め、その旨約したこと、訴外疋田は、当時調査役として外廻りを受持ち、預金者と交渉する権限を有していたこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

なお≪証拠省略≫中、被告としては前記認定のような特約をしないように指導しているとか、預金通帳記載以外の特約を結ぶことがないとか、小額の場合に預金するに至った事情を上司に報告しないのが普通であるとか供述するが、これらはいずれも一般論であって、本件の場合、これをもって前記認定を覆えすものとすることはできない。

したがって本件預金契約については、満期日の前には払戻をしない旨の特約のほか、原告および訴外吉崎と被告との間に、原告からの申出がない限り解約、払戻をしないとの特約が付されていたことになる。

二  請求原因第二項のうち、特約に反しとある部分を除いては当事者間に争いがない。しかして、その払戻が右特約に定められたと異なる払戻であることは弁論の全趣旨から認められるところである。

三  同第三項についてみるに、≪証拠省略≫によれば、原告は訴外吉崎に対し、その同意を得て給料から一部を天引して同人名義で訴外三和銀行の定期預金をさせ、これを解約後は、右預金残高をそのまま被告との本件積立定期預金にあて、以後は前同様給料から一部天引して本件預金にあてさせていたこと、第二回目の預け入れからは、殆ど、前記池田砕石工業会計係訴外坂本が被告窓口でその任にあたったこと、本件預金が訴外坂本に払戻されたため、原告は、昭和四二年六月一〇日訴外吉崎に対し、預金残高および利息の合計から税金を差し引いた金四五五、〇三〇円を支払ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

四  次に、被告は、前記特約に反した払戻をしたことにより、原告が訴外吉崎に支払った右金員につき、民法第七一五条により損害賠償の責任を負うべきか否かについて判断する。

(一)  満期日の前の払戻に関する特約の付された本件預金契約の締結、その解約・払戻が被告の尼崎支店従業員により被告の業務執行としてなされたものであることは、被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなし、右契約締結の際、原告の申出がない限り被告は解約・払戻をしない旨の特約がなされたことは前記認定のとおりである。

(二)  ところで満期前に引出しできない旨の特約は、通常の場合、被告の利益になる特約であるから、被告において預金者からの申出によってその利益を放棄することができるものと解するのが相当である。したがって本件の場合、右特約に反して被告が払戻したからといって、右特約違反のみを理由に原告に対し損害賠償の責任を負うということにはならない。この点に関する被告の抗弁は理由がある。

(三)  問題となるのは、原告の申出がない限り被告は、解約・払戻をしない旨の特約の場合である。本件の預金契約者は、あくまでも被告と訴外吉崎であり、原告は、右契約については第三者にすぎない。預金者の申出があってもかかる第三者の指示ないし申出がない限り払戻をしない旨の特約は、被告にとっては、預金凍結という点では有利である反面、払戻手続が複雑になる点では不利になることは明らかである。したがって、前記認定のとおり、原告が預金契約の一方の当事者である訴外吉崎の同意を得て被告に対し右特約を申入れ、被告の方では預金の凍結という有利な点を選んでこれを容れた以上、その反面としての前記手続の複雑さということから考え、その担当者としては、上司にその旨報告するなり、払戻担当者に連絡して、払戻について誤りのないような手続を講ずる義務があるといわなければならない。このように解することに対し、被告たる銀行に高度の注意義務を課しすぎるとの反論もあろうが、預金通帳に印刷されている約款に右特約の一項目を記載することによって十分に誤りを防止できるのであるから、決して無理を強いるものとはいえない。

本件の場合、被告従業員訴外疋田忠臣は、原告の前記特約を容れていながら、その事後措置としての前記手続を講じなかったことは弁論の全趣旨から認められ、かかる注意義務を果さなかったことは、少くとも同人の過失と認められる。

さらに、払戻担当者またはその責任者にいかなる注意義務があるかについて考えるに、通帳、届出印鑑を提出して払戻を求められた場合には、右のような特約の存在を知っているかまたは知ることができたとき、通帳、印鑑が盗まれたものであることを知っているかまたは知ることができたときなど特段の事情のない限り、請求書に押印された印影と届出された印影が同一か否かを照合すれば、その注意義務を尽したといえる。本件の場合、≪証拠省略≫によれば、払戻担当者またはその責任者が払戻に応じたのは、従来本件預金を預け入れに来ていた者が払戻の請求をし且つその印影も届出のそれと同一であったからであることが認められ、右特約の存在を知りまたは知りうべきであったという証拠がない。したがって右の者らには過失はない。

しかして預金契約担当者と払戻担当者とは、被告の業務の執行については表裏一体をなすのであるから、前者において過失があり、後者において過失がない場合でも、全体的に評価すれば過失に基く払戻と認定しうることとなる。

(四)  ここで右の過失ある払戻と原告の訴外吉崎に対する前記金員支払との間の因果関係の有無についてみるに、既に認定したとおり、原告は、従業員である訴外吉崎の給料を天引して本件預金にあてていたのであるから、原告の前記支払は、既に認定した事情のもとでは、やむなえないものと解されるので、本件においては、両者の間の因果関係を肯定しうることとなる。

以上説示したとおり、原告は、被告の従業員の過失ある払戻行為により訴外吉崎に対し金四五五、〇三〇円を支払い同額の損害を蒙ったことになるので、被告に対し民法第七一五条により右金員およびこれに対する右損害発生の日の翌日である昭和四二年六月一一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を請求する権利を有することになる。

五  よって本訴請求は、理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西川道夫)

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